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  • 2015-10-04 
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食事2

※これから書く事は食事について勉強中の身が
書くことと思って読んで下さい。

入院中は病院食が身体を守ってくれますが
退院してから食事は
家族の間で共通の知識、管理していないと
危ない事もあるのでよく話し合う事にしています。

がん予防にきくとされている食品
がん手術後にいいとされている食品
違うこともあるので気をつけないと☆

手術した場所によっても違うので
なかなか難しい!

がんの増加は肉や乳製品を摂取する事がふえ
欧米化したことが原因とよく言われていますが
いっぽうで野菜を多くとってもとらなくても
がんになる割合はかわらないとか、
ノンカーボ栄養療法という糖質をカットした食事療法
も唱えられたりしています。

この栄養法療法は甘いお菓子果物はもちろん、
ごはんやパンなどの穀物、
じゃがいもやニンジンなど
炭水化物を多く含む根菜類も避け、
日本酒やビール、ワインなど糖質の高いお酒も断ち、
代わりに肉や魚を積極的に食べる療法。

不健康だと心配される人もいるが、
筋肉や血液など体の組織のもとはタンパク質や脂質で、
糖質はエネルギーにしかならないため問題はないらしい。
よく脳は糖質しかエネルギーにできないといわれているが、
肝臓で糖質をつくることができるため、食事で摂る必要はないとのこと。
がんが成長する“エサ”は主に糖質で、それを断つことでがんの成長を妨げる効果がある。

とのこと・・・
うーん。。

私個人の考えとしては
お肉も野菜も炭水化物も適度にとるのがいいんじゃないかと(笑)

1年間意識的にお肉を抜いていた時期があったのですが
身体は軽くて動きやすいけど筋肉が落ちたり体力が落ちたりしたので
その後は食べたいときには食べるくらいで食べていました。
小さい頃から食事には気を使っていたほうだったのですが
ここ2年くらいは外食やコンビ二食増えていたし
食事とる時間も不規則&早食い。
お酒も仕事の関係で大量に飲む事が多かったです。反省。。

縄文、弥生時代にさかのぼると狩猟や漁猟もやっていますが
どんぐり、木の実、ひえ、あわ、野菜をメインにしていたので
DNAの中にはやっぱり肉食文化より野菜食べている時期のほうが
長いだろうし野菜メインにしたほうがいいんじゃないかと私は思ったりします。

漢方では4千年も前から主に植物を使った「薬草」を用いて薬とし
数々の病気を治してきているし
「薬」という字も「くさかんむり」と「楽」よりできていて
「草(植物)を食べると楽になる」ということを表しているそうです。

☆がん予防にいいとされている食品☆
キャベツ、大根、にんじん、トマト、ピーマン、ゴマ、
グレープフルーツ、パパイア、ブドウ、ブルーベリー、みかん、
梅、さくらんぼ、びわ、林檎、杏、もやし、そば、あわ、イカ、納豆

大豆(乳がん、子宮がんの予防)
紅茶・緑茶(胃がんの予防)

大腸がん予防には食物繊維が多いものや
玄米がいいと言われますが
手術後は食物繊維の多いものは
減らさないとむしろ腸に負担がかかりやすくなるので
NGになったりします。
手術後も食物繊維がいいと思って摂取して
結果下血したり腸閉塞になってしまうかたもいるそうです。

●規則正しく食べる
●食べ過ぎない
●よく噛む

この3つを自分で守り
父の作ってくれている食事のおかげで
体重も過度に増える事もなく
腹痛がおきることもなく
しっかり便が出ています。

ネットや本で食事に関して色々な情報が
でていて何を信じたらいいかもよくわからなくもなりますが
とりあえずコンビ二や添加物の多いものはとらないことに
しています。
まぁアイスは食べるけど(笑)

本当は冷たいものよくないらしいですが
我慢しすぎると良くないと思う!!
食べ過ぎずおいしくたべれば平気!!と思って
おいしくいただいています(笑)

今後も色々調べて実践して
どうなっていくか自分の身体で
試していこうと思います(*^∀^*)

ちなみに今日のお昼ごはんは
焼き鮭、ゆでたブロッコリー、かぼちゃの煮物、
白米。
でした。
父、ありがとう!!

参考資料:医者いらずの食べ物事典
医学博士、石原結實

野菜

 

友人が家庭菜園まだできないでしょといって栽培セットをプレゼントしてくれました。

左がなんかの野菜で(おい!!)
右がなんと松の木!!

松の木、今日芽がでてきました!
楽しみ(^^)

今日は外来に行って抗がん剤についてお話を聞いてきました。
前回抗がん剤をすすめられたとき覚悟はしていたものの
ショック受けて
ほとんど抗がん剤について質問ができなかったのです。
実際に目に見えるがんがあるわけではなく
私の場合予後治療になるので
自分で納得していないと抗がん剤をする必要があるのかだとか
疑問に思いながらだと耐えられないと思って
色々質問してきました。
抗がん剤の種類によっても副作用が違うので自分が決断したときに
使う種類をしりたいと思ったのもあります。

自分で治療を選択できる余地がある場合
質問したり自分で調べたりする事が大切になってくるようにおもいます。

予後治療で抗がん剤を使用しないという決断をしても
再発せず5年以上ご健在の方もいらっしゃるし、
抗がん剤とうまくあって再発しない方もいます。
抗がん剤を使う事によって
いい細胞も殺してしまうので多臓器に影響が出る場合もある。
だから迷うんだよね!!!!

私が使う事になる
抗がん剤治療(XELOX療法)
副作用として吐き気、手足の痛み、多臓器への影響、不妊などがあるそうです。

●1日目:点滴エルプラット(外来で2時間ほど、はじめに吐き気止めを投与、
その後エルプラット投与。)
●1〜2週間:内服薬ゼロータ
●3週間目はお休み

3週間を1クールとし、これを8クール繰り返します。
目安は半年間。その間に副作用で中断したり
合わない場合は薬をかえることもある。

先生いわく予後治療で行う抗がん剤治療はそこまで副作用がないそうです。
あまり副作用強いと結果が目に見えない分耐えられないとの事。
ちょっとほっとしました。
はじめはアレルギー反応などみるために3、4日入院して様子をみる。
髪の毛が抜けたってスキンヘッド経験者なのでそこは問題なし・・笑
かつらもいらない。かぶりたい場合家にある(笑)

私が今一番気にしているのは不妊。どのようなことが不妊に影響するか
聞いたところ、抗がん剤には細胞を傷つけてがん細胞を小さくしていく効果があるため
卵子に傷がついたり、妊娠できたとしても奇形になってしまう可能性があるそうです。

以前は未婚の女性の卵子保存は認められていませんでしたが
調べてみると、がん患者の未婚の卵子冷凍保存も行っているクリニックもあるそう。
採取する費用、保存するための費用もかかるし考え中ですが
抗がん剤を長く使う方や、再発してさらに必要な方には
希望がもてる方法だと思います。

とまぁ、色々調べたり考えたり。
調べてもあんまでてこなかったり。
1ヶ月前には何もしらなかったのに
というか遠い存在だったのに
自分がその病気と関わる事でみえてくることって
あるんだなぁ。

雑草がはえたって肥料あげなくたって
雨がふって日に当たればしっかりと
伸びて育つ我が家の野菜たちのように
私もしっかり根をはって生きていくぞー。

はやく家庭菜園復帰したいー!自分で作った野菜で
身体にやさしい料理つくるんだー!!!
自分でつくったお皿にもるんだーー!!わくわく♪

治療3

 8月10日
手術。
ICUへ移動。
酸素マスク、両手から点滴、指には酸素量はかる機械、心拍数をはかるもの。
尿管、背中から麻酔の管、
鼻から肺にはいっているチューブ。
色々管があって、テレビみたいと思う(笑)

看護師さんが床ずれをふせぐため定期的に身体の向きを変えてくれる。

8月11日
ICU2日目
歩く練習開始!
痛み止めが効いてる為痛くなく歩ける気でいる。
まずベッドから足を下ろす。これ大変な動作!!
眩暈、血の気がひく、耳が遠くなり後ろに倒れそうになる。
普段の平均血圧が99、50くらいなのが
上が50にさがる。
もとから低血圧+背中の麻酔の副作用で血圧をさげてしまう。
お隣のおじさんが歩けていてショック。
右手の静脈点滴が外れて両手が自由になったので
手だけでスロームーブをしてみる。
何回かやるもいつも途中で意識失う。

8月12日
ICUで歩く練習2日目。
たつところまでいくが真っ白、
耳が聞こえなくなり断念。顔も真っ白。
ICUから一般病棟へ移動。つきっきりだった看護師さんがいなくなるので
少し不安。
歩くため背中の麻酔をきって歩く練習。めちゃくちゃ痛いーーーー!!
痛み止めの効果を実感。まだ歩けず。
咳なんかしたときにゃ痛すぎて無理!!
痛さの余り意識遠のく。
錠剤の痛み止めはほぼ効かず、背中の麻酔を薄めて使うことに。
少し楽。背中痛み止めすごい!!
ご飯開始、夜は重湯などの流動食みたいの。
夢では踊ったり走ったりしている。

8月13日
歩く練習3日目。
座る所まではスムーズになってくる。
立つとやっぱり血圧は下がるが立っている状態で少し時間をおき
歩いてみる。目の前は白いがこれならいける!!
少し歩けた。色々な動作に腹筋が使われていたんだなぁと実感。
痛みは強い。開腹手術の方はどれだけ痛いんだろうと思う。
声に力がはいらない。
食事は五分がゆ。
看護師さんが身体を拭いてくれる。気持ちいい。

8月14日
歩く練習4日目
だいぶ歩けようになる。
肺が痛む。
歩くのが遅かったためか腸の回復が遅いと言われ
不安。便はまだでず。
看護師さんに付き添ってもらい夜にトイレに行く。
目の前が真っ白になり血の気がひく。なんとか
車椅子、看護師さんに支えられ病室へ戻る。

8月15日
よたよただが歩けるようになってくる。
便少しでた!
食事は普通のお米になる!
執刀医の先生が毎日お腹の音確認しにきていたのだが
この日はじめて「お、動き出したね。昨日までと全然違う」と言ってくれた。
聴診器でお腹の音を聞かせてくれる。たしかにゴロゴロ言っている!!

8月16日
背中の麻酔、尿管がはずれる!!
これで全ての管がとれた!!!

8月17日
7日ぶりのシャワー!!めっちゃ気持ちい!!
時間がかかるもしっかり洗う。幸せ!
階段歩く練習も。
19日に退院する事が決まる。

8月18日
だいぶあるける。カメラマンの友人が写真を撮りに来てくれる。

8月19日
退院!!!ちょっと寂しい・・
久しぶりの家!!!
嬉しい!!!

☆手術して便がでるようになって知ったのが
血便は痔が原因もあるだろと思っていたが
痔はほぼなくて完全にがんの患部からの
出血だった(笑)
今は鉄剤飲んでるので黒っぽいですが
全く血はでず!良かった♪



写真大丈夫な方を載せていますが
本当に沢山の方がお見舞いにきてくださって毎日勇気をもらいました。
ここの病院遠いのに・・・
お見舞いにいけなくてごめんね、とメールやお手紙で励まして下さる方も沢山。
退院してからも色々な形で応援して下さり本当にありがとうございます!!
幸せものです!!!!

今日もお手紙が送られてきました。
本当にありがとう。大好きだよ。

治療2(レントゲン写真あり、苦手な方はとばしてください。)

 8月2日
前の病院から手術する病院までタクシーで移動。
父と将来お家でお店開きたいねと話す。退院してからの
楽しみが増える!!
転院。採血、レントゲン、その他検査し入室。

ここの病院にきてからの食事。
固形物を食べると腹痛を起こすので
流動食。
それでも1日1200カロリーはとれるよう計算されている。
そのために以前の病院では基本点滴で栄養をとっていたのですが
こちらでは食事で栄養、点滴は1つか2つと楽でした。
基本は重湯、かぼちゃ、ぽてとなどのこしてあるスープ。
高カロリージュース、高カロリーゼリーなど。
1日に3缶、バニラ味のジュースをとるのだけど
めっちゃ甘くて最初きつかったけど最後のほうはなれました。
この缶、120カロリーもある・・普段なら絶対のまない(笑)
食事が終わるとお腹たぷたぷです。
たまに温泉卵や卵豆腐がでたのですが
歯ごたえあって嬉しかった。

するめいかを買ってきてもらって
味わって身をはきだして歯ごたえを味わったりしていました(笑)

造影剤を使ってのCTや、エコー、肺活量チェックその他検査をする日々が
続きます。
肺活量では平均よりうわまわりイエ~イ♪
脈拍は遅くアスリート脈らしいvvV

7月23日に入院してから毎日定期的に熱をはかりますが
健康なときの平熱35,8度くらいなのですが
朝36,3度、食後37度、夜37,5度と微熱が続いていました。
でもそんなにだるくない。食後に熱があがるのは炎症反応らしいです。
入院してから急に上がったわけではなくてきっと普段も
こうやって微熱があったんだろうなと思います。

血便は続き、血便の状況が激しくなっている現状に
ショックを受けたりもする。

8月7日
手術にひかえて絶食。
腸閉塞になりかけているので強い下剤が飲めないため
絶食+弱めの下剤をとることに。

8月8日
手術方法の説明。この日に以前の病院で内視鏡検査をしたときに採った
組織の結果もでます。

実はこの日まで自分の病状が
「大腸がんの可能性が高い」というだけで
細胞の結果がでていなかったので正確な自分の
おかれている状況はわからないでいました。

「横行結腸癌」「リンパも腫れている。」
「横行結腸と下行結腸の境目辺りなので患部から両方を多めに切除する」
「リンパもはれているので血管も切除する」
「ステージは手術でとった組織の検査によって決まりる
。今のところ多臓器に転移はみられていないのでステージ3か、
リンパ転移がみられたらステージ4になる」
そして腹腔鏡手術ですすめることが決まりました。
お腹4箇所、とおへそを切って手術する方法です。
メリットとして
●傷が小さくてすむので術後の回復がはやい。
●空気に触れる時間が短くてすむので感染をふせげる。
などがあるそうです。

実際この手術は技術が必要とされできる医者は限られていて
できない病院もあるそうです。
自分がどういう手術を望むかで病院を選ぶ必要があると思います。
はじめ開腹手術になると思っていたので
とても嬉しかった。

8月9日
午前10時にお風呂、おへその掃除。
手術前夜なので睡眠剤いりますか?と聞かれるのですが
眠れると思っていたので断る。
しっかり眠れました(笑)入院中きちんと睡眠とれていました。

8月10日
手術当日
午前中に他の手術がはいっていたようでその手術待ち。
1時半くらいに手術室へ向かいます。
初手術着と初オペ室にテンション上がる(笑)
あまり緊張しない体質でよかった。
オペ室の入り口まで両親が送ってくれていよいよ手術。
背中に術後の痛み止めの管を入れて
酸素マスクをし、気がついたら手術が終わっていました。

手術時間は約5時間。

両親はもし手術できない状況とわかりすぐお腹を閉じて
2時間くらいででてきてしまったらどうしようと
緊張していたらしいです。父は緊張をほぐすため
ロングブレスダイエットしていたらしい(笑)

手術は無事成功!
目に見える部分の悪い所の切除、そけい部に水がたまっていたようで
その水も抜いたとの事。

ほぼ記憶がないままICUへ移動。痛み止めがバリバリ効いているので
傷みはなし。





へーー腸ってこうなっているんだ!!
右上の大腸部分(横行結腸)が細くなっています。
腫瘍というか両部から腫れて狭くなっているので
便が詰まってしまい腹痛、嘔吐を起こしていました。

細くなっていたため内視鏡も手前でひっかかってしまい
奥まで入らなかったそうです。

今はこの痛い部分をとったのでご飯も食べられるし
便も(やわらかくする薬はとっていますが)しっかり出ています(^∀^)

治療1

 
7月30日
「がん」と宣告され手術することを決める。

病院を探す事に。
入院している病院でも手術はできるようだが手術件数が少ないのと
設備がもっと整っている所がいいと思い転院することに。

手術すると決まっても病院のベッドが空かなかったり予約待ちで
手術は一ヵ月後になるかもしれないと言われていたので覚悟し
決まっている舞台や仕事を全てキャンセルし治療に専念する事にする。

何人かがおすすめの病院を教えて下さったり
両親も必死で探す。色々な病院があるからかなり迷っていたよう。
あとから聞いたら病院を決める事で娘の命を左右してしまうと
かなり不安だったよう。

病院候補がひとつ決まり
母が病院へ紹介状を持っていく。
ベッドがあきしだい連絡との事で待つ。

8月1日入院している病院から
「明日転院できることに決まったよ!」と連絡が入る。
こんなにすぐ決まると思っていなかったのでびっくり。

入院している主治医の方が協力してくれたよう。
転院先に小学校時代の友人も勤めている為
その子も協力してくれたみたい。
本当にありがとうございます!!

3時間の一時帰宅をし、髪を切り転院先に持って行きたい物を
バックにつめまくる。

8月2日転院。

入院していた病院でさんざん
「踊りたいからはやく退院したい」と言っていた為
看護師さんが「踊っていったら?」と言ってくれる。
冗談だったかもしれないけど踊る事にする(笑)

看護師さん勢ぞろいしてくれた!
約一週間寝たきりだしほとんど食べていない状況で
ふらふらだけど1分間くらい踊る。
踊りといえるかわかんないけど踊る。
動けている自分も本当に嬉しくて、こうやってお世話になった病院の
みなさんが集まってみてくれている事嬉しくて
これから頑張れそうと思った。

踊り終わって拍手いただいた瞬間
家族のお迎えがきた。
妹は私の顔をみると大号泣。

がんと宣告されて
家族のほうが動揺し不安だったと思う。
私も妹や両親が「がん」と宣告されたほうが
よっぽどつらいもん。妹じゃなくて私で良かったと本当に思う。

そんなこんなでそこの病院にお別れをつげ
8月2日新しい病院へ転院することになる。


転院前の病院で食べたピノ。星ピノ発見!!!手術うまくいく気がした♪♪

きっかけ・1

 
大腸がんが発覚するまでのことを書きたいと思います☆

7月22日
夜中の仕事終わりで朝帰り。
朝外食をして電車に乗ってしばらくしたら腹痛のあまり冷や汗。
トイレに駆け込むも目の前がまっしろ、お腹の痛さで吐き続ける。
便はほぼでず。トイレで2時間ほどこもる。ふらふら。
一緒にいた人に自宅まで送ってもらい
そのまま意識なくなる。

夜、母親が点滴受けてきたというので
私も点滴受けに近くの市民病院へ。
救急だと検査が出来ないため
「明日必ず病院へ行ってください」と言われ
行く事にする。夜も痛みが続く。
食べるともどす。

7月23日
他の市民病院へ検査しにいく。
待っている間は点滴。
採血、レントゲン、診察などで
10時〜16時くらいまでかかる。
結果「腸炎」と診断され即入院
絶食をしていくとのこと。

人生初入院!!
本番が迫っていたので断ろうと思ったが
1週間で退院できるとのことだったので入院を決める。

23〜25日まで絶食。
水分のみ、栄養は点滴。

7月26日
だいぶ身体が楽になったので食事再開。
重湯や具なしみそ汁。

27、28日
だんだん普通の食事になる。
少しお腹がいたくなりはじめる。
母が内視鏡、胃カメラしてもらったほうがいいんじゃないと
提案。もしポリープなどがみつかったら舞台が一段楽する
10月後半に手術すると決めて検査することにする。

7月29日
再び腹痛がおき嘔吐。
傷みの余り痛み止めをもらう。

7月30日
大内視鏡検査、胃カメラ検査。
下剤めっちゃまずい!!!!

早く退院して稽古がしたい思いから
その日の夜に検査結果を聞きに行く。
結果は何も問題なくて帰れますと
言われると思っていた。

結果「大腸がんの恐れが強いです。
ほぼ大腸がんで間違いありません」
と宣告される。

まっさきに浮かんだ事は
『舞台どうしよう』
がんについての知識が乏しかったのと
自分自身結構元気だったので「がん」と言われても
いまいち自覚が持てずにいた。

8月19日に本番があるため
せめてその本番が終わってからでは駄目ですかと
確認するが「あぶないよ」と言われ
手術する方向ですすめることにする。

☆今回運がよかったこと
●22日に母が脱水症状で点滴を受けにいっていた事。
母が点滴受けてなかったら私も受けにいこうと思わなかった。

●内視鏡をしたこと
はじめはしないつもりだったがすることにして大正解!!
しなかったら発見がさらにおくれていた。

★病気の兆候
昨年12月から血便→肛門科にいったところ痔だと診断され、
「ならいっか♪」と思ってしまった。
12月ごろから急激にお酒が弱くなる。4月には1杯で酔う。
4月ごろから立ちくらみ、めまい(血便、患部出血のため貧血になっていたそうです)
6月食べるとお腹が痛くなり食欲減少。(腸閉塞になりかけていました。)

身体に不調がみられたら検査することをおすすめします。
病院にいくのは一日がかりになるし
私自身毎日予定があったので行きませんでしたが
結果早期発見ではありませんでした。
兆候はだいぶ前にあったのに・・ですね。



病気

おはようございます!

ご無沙汰しておりました!
実は体調を崩し7月23日に腸炎という診断で
入院する事になり
そこから急激に生活が変わったので
少し落ち着いた今ブログに書き留めておきます。

入院してから3日間絶食。

その後食べだしたらまた腹痛、吐き気で
ダウン。1週間で退院し舞台や他のお仕事に復帰する予定で
いたのですが
内視鏡検査をし手術が必要な大腸の病気という事が
わかりました。
私より家族のほうが衝撃を受けたと思います。

手術をしないと助からない病気のため
本当に申し訳ない思いで仕事を全てお断りして
転院し手術をすることにし
8月2日別の病院へ転院しました。

前の病院にも手術が決まった病院にも
沢山の友人や恩師が顔出してくれて
毎日幸せでした。
お見舞いにいけなくてごめんね、応援しているよと
遠くから応援してくれる友人もいる。
病気の不安はありますが、それよりも
応援してくれているみんなの気持ちが
大きくて、がんばれる。そう思いました。
同室の患者さんも同じような病気だったり
さらに重い症状なのに励ましてくれたりと
嬉しかった。

でもたまに不安で押しつぶされそうには
なりました。まだ生きていたいと思いました。

そんなこんなで8月10日手術。
本当は1ヶ月待ちとも言われていたので
私たち家族にとってはかなり順調に
手術の日を迎える事ができました。

大腸を30cmほど切って
リンパがながれる血管も切除しました。

手術は5時間。無事成功。
ですが次の日からが私にとっては
結構つらかった。

次の日には合併症などを防ぐため
歩くのですが
血圧が低い私は背中から入れている
麻酔の副作用もあり血圧の上が60にまで下がったりしてしまい
ただ足を下ろして座るだけで
目の前が真っ白になり耳が遠くなり倒れそうになってしまう。
すぐ歩けると思っていたのに立つことすらできない。
痛み止めをとめて歩く練習をする。
意識がもうろうとする痛み。
少し歩けるようになったのは手術して3日目でした。

夢では踊ったり走ったりしているのに
歩く事すらままならない状態にがっくりしたりもしましたが
今はだいぶ歩けるようになりました。

歩くのに時間がかかったためなかなか腸が動かず
合併症が怖かったのですが
歩けるようになってからゆっくりですが
歩いてみると便がでるようになり本当に嬉しかった。
執刀医の先生がお腹の音を聞かせてくれて
たしかにゴロゴロ言っていて嬉しかった。

8月19日退院。
今日は退院して2日目になります。

まだお腹は痛いし約1ヶ月入院していたので
体力もなくすぐつかれてしまいます。

しばらくは自宅療養で
2週間後の外来で検査結果をきき
その結果により今後の治療法が決まっていきます。

まだ道は長いですが
生きている事に感謝して大事に大事に
日々を過ごして生きたいと思っています。
そしてまた踊りたい。

お医者さん、看護師さん、その他大勢の方が
関わって病院はなりたっている。
本当にありがとうございました。

母は毎日病院に足を運んでくれて
今は父が消化に良いものを中心に
料理つくってくれています。食べられるって幸せやーー!!!
妹は度々画像つきのメールを送ってきてはげましてくれる。
私のために泣いてくれる。
ここ数年どたばた生活していて
家族との時間ほとんどなかったのですが
その数年をうめるかのごとく
家族と話しています。ほんとに家族がいてよかった。
ありがとう。
前をむいて乗り越えていくからこれからもよろしくね。



病院での1枚☆どどーーんとアップ(笑)

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